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福岡高等裁判所 昭和30年(ネ)599号 判決 1957年12月24日

控訴人 被告 熊本県教職員組合阿蘇支部 代表者支部長 中村耕作

訴訟代理人 塚本安平

被控訴人 原告 栄興商事株式会社 代表取締役 西原今出

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金十五万円及びこれに対する昭和三十年六月十三日以降完済まで年六分の割合による金員を支払わなければならない。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」という判決を求め、被控訴代表者は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、次の事実を補充する外原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

被控訴代表者の主張。

(一)  本件約束手形は、控訴組合支部の書記長でその代表権を有する訴外坂梨正行が、同組合支部を代表し訴外下村博に宛てて振出したものである。そして下村は(日不詳)これを訴外打出信行に、打出は昭和三〇年二月頃これを被控訴会社に対し、いづれも白地裏書によつて譲渡したものである。

(二)  被控訴会社は昭和三〇年一月末頃、当時熊本県山鹿市に出張中の控訴組合支部書記長坂梨正行から、本件手形は確実なものであるから割引してもらいたいという電話依頼を受けたので、該手形を割引しその所持人となつたものである。なお、被控訴会社が割引をする際訴外株式会社肥後銀行宮地支店に問合せて知り得たところによれば、控訴組合支部は本件手形以外にも、坂梨が同支部を代表して手形を振出し、その手形は同銀行において決済されているのであつて、坂梨が控訴組合支部を代表して本件手形を振出す権限を有していたことは明らかである。

(三)  控訴代理人の主張する後記(五)の事実は争はない。

控訴代理人の主張。

(一)  本件手形は下村博が偽造したものであつて、坂梨正行が控訴組合支部を代表して振出したものではない。坂梨は控訴組合支部の書記長ではあるが、同支部においては規約上支部長が支部を代表し、書記長には代表権がない。従つて坂梨は控訴組合支部を代表して本件手形を振出す権限がない。本件手形の裏書及び支払呈示の事実は知らない。

(二)  下村が本件手形を偽造した経緯の概要は次のとおりである。

控訴組合支部は昭和二九年九月頃阿蘇郡内の小中学校で使用する「冬休の友」の印刷を下村に注文し、下村が印刷資金がないというので、坂梨は自己の私金四五万円を融通してこれを右印刷代金の前払として下村に交付した。ところが下村はその金を負債の償却に使用し印刷に着手することができなくなつたので、坂梨は印刷が冬休の間に合わないときは教育計画に支障をきたすことを恐れ、下村の懇請をいれて独断で額面一〇万円、二〇万円、二五万円の三通の約束手形を「熊本県教職員組合阿蘇支部」という名義で下村に宛て振出した。しかるに下村は昭和二九年一二月下旬頃その被傭人市原哲郎に命じて、坂梨の不在中控訴組合支部事務所において事務員宮原妙を欺罔し、宮原から控訴組合支部の名称及び坂梨の氏名を刻したゴム印並びに坂梨の認印を借受け、これを用意していた約束手形用紙数枚の各振出人欄に押印して持帰らせ、昭和三〇年一月中旬頃も再び市原に命じ坂梨の承諾を得たように前記事務員宮原を欺罔したうえ、前示ゴム印及び認印を用意の約束手形用紙数枚に押印して持帰らせた。そして下村はこれらの手形用紙に適宜の金額その他を記入して控訴組合支部坂梨正行名義の数通の約束手形を偽造し、これを行使したのであつて、本件約束手形はその偽造手形の一部である。

(三)  坂梨は昭和三〇年三月下旬頃肥後銀行宮地支店から約束手形三通の取立を受けたので、これを決済したことがある。それらの手形も下村が偽造したものであるが、坂梨はさきに振出した三通の手形に不備な点があるということでこれを書替えるため、市原が手形用紙に前記ゴム印及び認印を押印して持帰つたことを事務員宮原から報告を受けたので、下村に書替前の手形の返還を求めたところ、その手形は破棄したというのでこれを信じていた。それ故肥後銀行宮地支店から取立の通知を受けた手形は、書替後の手形だと誤信してこれを決済したのである。そしてこの決済は、被控訴人が本件約束手形を割引したという時期よりもはるかに後のことである。

(四)  控訴組合支部は下村に卒業証書等の印刷も注文したが、その印刷代金の裏付けとして坂梨が振出しを承認した約束手形は、訴外香川一雄が取得した額面一五万円の約束手形一通だけであつて、その他の額面一五万円の約束手形は下村が偽造したものである。

(五)  控訴組合支部は、旧労働組合法に基き設立された組合で法人であつたが、昭和二四年の労働組合法改正の際、同法所定の手続をしなかつたため法人格を失い、その後は法人ではない。

証拠として、被控訴代表者は甲第一、二号証(第一号証は写)を提出し、当審証人長谷川恵子、八溪永吉の各証言を援用し、乙第一号証、第二号証及び第三号証の各一、二、第三一ないし第三三号証はいずれも不知と述べ、その他の乙号各証の成立を認め、控訴代理人は乙第一号証、第二及び第三号証の各一、二、第四ないし第二五号証、第二六号証の一、二、第二七ないし第三六号証を提出し、当審証人坂梨正行(第一ないし第三回)、宮原妙、上田政人、後藤広の各証言を援用し、甲第一号証の原本の存在することを認めその成立を否認し、甲第二号証の成立を認めた。

理由

甲第一号証の写に相当する本件約束手形の原本が存在することは当事者間に争のないところであつて、該手形は「熊本県教職員組合阿蘇支部坂梨正行」を振出人とし訴外下村博を受取人とする被控訴会社主張のような定めのある額面金一五万円の約束手形である。そしてこの手形の裏書部分はその記載自体と当審証人長谷川恵子、坂梨正行(第一回)の各証言とによつて真正に成立したことが認められるので、その裏書部分及び右各証人の証言によると、被控訴会社は昭和三〇年二月中本件約束手形を下村博から訴外打出信行を経て、いずれも白地裏書によつて譲受け、現にこれを所持することが認められる(甲第一号証によれば、本件約束手形の振出人の記名下には、坂梨正行の認印とならんで控訴組合支部長の職印が押捺されていることが認められる。しかるに坂梨は控訴組合支部の書記長であつて支部長ではないことは当事者間に争がないので、右支部長の職印を押捺したのは妥当を欠くものであるが、それにもかかわらず右振出人の表示はその押印と相まつて、振出人が坂梨個人ではなく同人の代表する控訴組合支部であることを表示するものといわなければならない)。

そこで本件約束手形が坂梨において控訴組合支部を代表し真正に振出したものかどおかについて判断するに、成立に争のない乙第六ないし第三〇号証、当審証人坂梨正行(第一、三回)、宮原妙、後藤広の各証言(甲第一号証参照)によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  下村博は昭和二九年九月頃控訴組合支部から学習用「冬休の友」の印刷の注文を受け、同支部書記長坂梨正行から印刷代金の前払として金四五万円を受取つた。しかしその金を他に流用し印刷資金がないため印刷の着手が遅れたので、坂梨は下村の懇請によつて同年一二月頃控訴組合支部事務員宮原妙に命じ控訴組合支部名義で、額面一〇万円、二〇万円、二五万円の三通の約束手形を融通手形として下村に宛て振出させた。

(二)  しかるに下村は他からこれらの手形の割引を受けながら、多額の負債に苦しんでいたため、控訴組合支部名義の手形を偽造して金融に供しようと企て、その頃自己の使用人市原哲郎に命じ、坂梨の出張不在中控訴組合支部事務所において前記事務員宮原に対しさきに振出された三通の手形は不備な点があつて割引ができなかつたので、その書替について坂梨の承諾を得たと申詐り、手形に関する知識経験の乏しい宮原を欺罔して同人から、本件手形に押捺したのと同一のそれぞれ控訴組合支部の名称及び坂梨の氏名を刻したゴム印、同組合支部長の職印及び坂梨の認印を借受け、これらの印章を用意して行つた数枚の約束手形用紙の各振出人署名欄に押捺して持帰らせ、該手形用紙に適宜額面金額その他を記入して自己を受取人とする控訴組合支部名義の約束手形数通を作成し、他からこれらの手形の割引を受けた。

(三)  次で下村は昭和三〇年一月中旬頃控訴組合支部から卒業証書その他の印刷の注文を受けたので、その印刷代金の支払のため控訴組合支部から額面一五万円の約束手形一通の振出を受けることについて坂梨の承諾を得、坂梨は事務員宮原にその振出を命じた。しかるに下村はこの機会に更に控訴組合支部名義の手形を偽造しようと企て、その頃前記使用人市原に命じ、坂梨の出張不在中前記事務所において、あたかも坂梨の承諾した額面一五万円の約束手形一通だけを作成するもののように事務員宮原を欺罔し、前同様同人から借受けた前記各印章を用意して行つた数枚の約束手形用紙の所要欄に押捺して持帰らせ、これらの手形用紙に適宜額面金額その他を記入して自己を受取人とする控訴組合支部名義の数通の約束手形を作成し、他からこれらの手形の割引を受けた。

(四)  かくして下村が作成した約束手形は約一〇通にのぼつたが、その中に額面一五万円の手形が三通あつて、そのうち二通は訴外紙弘商店外一名の手に渡り、他の一通は被控訴会社が取得した本件手形である。

以上認定の事実によれば、坂梨は卒業証書等の印刷代金支払のため額面一五万円の約束手形一通を控訴組合名義で下村宛てに振出すことを承諾し、事務員宮原にその振出を命じ、宮原はその命ぜられた手形を作成するため市原に所要の前記各印章を渡して手形用紙に押捺させたのであるから、下村が作成した約一〇通の手形のうち額面一五万円の手形一通を除いてその他はすべて下村の偽造したものであるが、右一通だけは坂梨の意思に基き作成されたものであつて偽造手形とはいえない。それでは額面一五万円の手形三通のうち、どれが偽造手形でどれが真正な手形であろうか。当審証人坂梨正行の第一回尋問における証言によれば、被控訴会社が取得した本件手形は下村が偽造したものだというのであるが、同証人は第三回尋問においては、本件手形が偽造した分かどうかは判らないと述べているのである。前記認定の事実自体から考えても、前示三通の手形のうちどれが偽造手形かは坂梨にも判定できないのが当然であろう。そしてその他の本件証拠によるも、これを判定することができない。事は烏の雌雄を弁ずるよりも困難である。しかしとにかく、控訴組合支部名義の額面一五万円の手形が一通だけは真正なものであり、本件手形には印章自体はいずれも真正な控訴組合支部、同支部長及び坂梨の前記各印章が押捺されているのであつて、また当審証人坂梨正行(第一、三回)、長谷川恵子の各証言及び成立に争のない乙第一三号証によれば、坂梨は下村が手形を偽造したことを知らなかつたとはいえ、被控訴会社が本件手形を割引するにあたり、下村の依頼に基き被控訴会社に対し、控訴組合支部が下村に印刷の注文をし手形を振出したことは相違ないから割引してやつてもらいたいと電話で依頼したことも明らかである。さすれば他に反証がない限り、本件手形は坂梨が控訴組合支部を代表して振出した真正な手形と推認せざるを得ない。

次に、坂梨が控訴組合支部を代表して手形を振出す権限を有していたかどおかについて判断する。控訴代理人主張の事実摘示(五)及び被控訴代表者主張の事実摘示(三)の一致した主張事実と成立に争のない乙第一号証及び当審証人後藤広の証言によると、控訴組合支部は旧労働組合法(昭和二〇年法律第五一号)に基き法人として設立された単位労働組合であつたが、昭和二四年法律第一七四号による改正後の労働組合法の施行後、同法附則第二号所定の期間内に所定の手続をしなかつたため法人格を失い、その後は法人格のない社団として現在にいたつたものであつて、本件手形振出当時も法人ではなかつたこと及び同組合支部の規約によれば、支部長、副支部長及び書記長は法人の理事に相当する執行委員であつて、支部長は支部を代表し一切の業務を統轄し、副支部長は支部長を補佐し支部長に事故があるときはその職務を代行し、書記長は一切の事務を掌理するものと定められていることが認められる。

ところで、非法人社団に関し直接の規定を欠ぐわが民法のもとにおいては、非法人社団にいかなる法規を適用すべきかは解釈上困難な問題であるが、社団は民法上の組合と異り、個々の社員と離れてそれ自体独自の組織機能を有する団体であつて、非法人社団もその社団たる本質において社団法人と異るところがなく、法律上も非法人社団の存在を認めていることは民事訴訟法第四六条の規定によるも明らかである。従つて民法中社団法人に関する規定は、その性質に反しない限度で非法人社団にこれを類推適用すべきものと解しなければならない。民法第五三条、第五四条の規定は、理事はすべて法人の事務について代表権を有しその代表権は定款、寄附行為又は総会の決議を以てこれを制限することができるが、その制限を以て善意の第三者に対抗することができないことを定めている。これらの規定は、理事は原則としてすべて法人の事務につき包括的代表権を有することを明らかにするとともに、その代表権を制限することによつて善意の第三者に不測の損害を与えないよう、取引の安全を保護する趣旨によるものである。そしてそのような必要は非法人社団についても充分認められることであつて、その性質上非法人社団に適合しないものではない。それ故これらの規定は非法人社団に類推適用することができるものと解するのが相当である。

そおすると、控訴組合支部においては規約上支部長が支部を代表し、その他の執行委員の代表権は制限されているので執行委員である書記長坂梨が支部を代表して本件手形を振出した行為は右規約による制限に違反するものであるが、被控訴会社が本件手形を取得する際右代表権の制限を了知していたことは、控訴代理人の主張立証しないところであるのみならず、かえつて当審証人長谷川恵子及び坂梨正行の各証言を綜合すると、被控訴会社はその制限を知らなかつたことが認められる。従つて右制限を以て善意の第三者である被控訴会社に対抗することができないから、控訴組合支部は被控訴会社に対し本件手形の振出人としての責任を負わなければならない。なお甲第一号証の附箋によれば、被控訴会社は訴外肥後銀行宮地支店に本件手形の取立を委任し、同支店において該手形を呈示し支払を求めたけれども支払がなかつたことが認められる。しかし右附箋には日附の記載がなく、他に支払呈示の日を知るべき証拠がないから、本件訴状送達の翌日から遅滞の責任を生ずるものである。

以上説明のとおりであるから、控訴組合支部は被控訴会社に対し、本件手形金一五万円及びこれに対する本件訴状が控訴組合支部に送達された日の翌日として記録上明らかな昭和三〇年六月一三日以降完済まで年六分の割合による損害金を支払う義務があること勿論であつて、被控訴会社の本訴請求はこの範囲において正当として認容し、その他は失当として棄却すべきものである。従つて本訴請求の全部を認容した原判決は一部不相当であつて、本件控訴はこの限度で理由があるから、原判決を変更すべきものと認め、民事訴訟法第九六条、第九二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長判事 竹下利之右衛門 判事 小西信三 判事 岩永金次郎)

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